ついに、この日が来てしまった。俺は、避けられるわけもない、この日をどうにか避けようとしていたが、やはり今日はやって来てしまった。今日は、入学式。別に、中学生になるのが嫌だとか、この中学校が嫌いだとか、そういったことじゃない。俺は、奴のいる、この学校に行くのが嫌だっただけだ。そう、俺の兄が通っている、この学校へ。
俺は、家でも、絶対に行きたくない、と言ったのだが、理由を言うことができず、俺の意見は却下された。俺の兄は、呑気に「一緒に登校できるなぁ。」なんて言っていたが、冗談じゃない。誰が、お前なんかと行くか。しかし、俺は結局、氷帝に通うことになってしまった。だからせめて、俺は兄とは関わりの無いように、振舞おうと考えたのだ。
しかし、もう遅かった。俺はクラスが発表されている所へ行き、こんな会話を聞いてしまった。
「あれ?この日吉、って・・・。もしかして、日吉先輩の弟?!」
「たぶんね。去年から、噂になってたもんねー。」
去年から。それじゃ、俺が今からどう振舞おうと、関係無いじゃないか・・・。
「どんな子かしら?楽しみね!!」
「本当!日吉先輩の弟なんだから、きっとかっこよくて、優しい子よ!!」
勝手に、他人をつくるな。今ここで、俺が弟だとばらして、コイツらの期待を壊してやるのも、面白いかもしれない。俺は、一瞬そう考えたが、そんなことより、少しでも長く、兄と関係が無いようにしよう、と思い直して、やめた。すると、次にこんな会話が聞こえた。
「あれ?この、って子・・・。」
「あぁ!先輩の妹ね!!この子も、きっとかわいくて、良い子に違いないわ!」
。俺は、そいつに同情した。と、同時に仲間がいたか、と思った。
「この2人、同じクラスなのね!!」
「ここ、いいクラスになるわ、きっと!」
だから、勝手に決めるなよ。大体、2人だけで、クラスが良くなるわけないだろ・・・。
それにしても、同じ境遇にいる奴が、同じクラスだとは。俺は、そのとやらに、少し興味が沸いて、さっきまで重かった足取りも、ほんの少し――本当にほんの少しだが、晴れた気分になって、教室に向かっていった。
席は、名簿順になっていたから、俺は早速、、という奴が座っていそうな所を見た。そこには、まぁ普通の女子が座っていた。そして、数人の女子が集まっていた。
「さん、って3年の先輩の妹なんだよね?」
「なんで、知ってるの?」
「私のお兄ちゃんが、3年にいるのよ。」
「そうなんだー。」
そう言って、は微笑んでいた。きっと、あれは作り笑いなのだろう。そう思うと、今すぐに、こいつらの会話を止めようと考えた。しかし、どうやって止めればいいのか、俺には思いつかなくて、しばらくそっちを見ていた。
すると、と目が合ってしまった。そのとき、が俺に笑いかけたように見えた。たぶん、気のせいだと思うが、俺はすぐに目を逸らし、自分の席に着いた。
入学式の説明が終わり、短時間の休憩がとられた。俺は、ふと気になって、の方を見てみた。すると、もこちらを見ていて、俺と目が合うと、こちらに向かってきた。
「日吉くん、だよね?日吉先輩の弟の。」
「・・・・・・あぁ。」
俺は、もしかすると、勘違いをしているかもしれない、と思った。は、何も気にせずに、俺に『弟』と言ってきたから。
「私も、姉がいるの。日吉先輩と同い年の。」
しかし、がそう言うのを聞いて、やはり、一緒かもしれない、と思った。どういう意味で言っているのかは、わからないが、『も』という響きが、同じ境遇にある、ということを思い出させたからだ。
「姉から、日吉先輩の話をよく聞くの。姉と日吉先輩、って同じ部活だから。それで、日吉先輩にも弟がいる、っていうのを聞いた、って姉から聞いたの。日吉くんは、何か聞いたことある?」
「いや。俺、あんまりアイツと話さないから。」
「そうなの?やっぱり、男兄弟だから?私は、よくしゃべるよ。親にも、仲が良いって言われるくらい。」
そうは、嬉しそうに言いやがった。・・・やはり、俺の勘違いか。
「日吉君は、何部に入る?」
今度は、嬉しそうにそう聞いてきやがった。・・・きっと、コイツは姉と同じ――つまりは、俺の兄と同じ部活に、俺が入ることをきっと期待しているに違いない。そして、コイツ自身もきっとそうするのだろう。
「俺は兄とは、違う部活に入るつもりだ。」
「何部?」
それでも、は聞いてきた。
「テニス部。」
そう。俺は、ここのテニス部の方針が好きだった。だから、テニス部に入ろうと、入学前から、それだけは考えていた。
「そうなの?へぇ、意外。」
やはり、コイツは俺が同じ部に入るのだと、思っていたのだろう。コイツの期待を裏切れたのだと思うと、少し嬉しくなった。
「お前は、どうするつもりだ?」
そして、調子にのって、そう聞いてみた。しかし、の答えは、俺の期待を裏切る返答だった。
「実は、私もテニス部にしようと思ってて・・・。まさか、日吉君も、とは。つくづく、似てるね。」
そう言って、は笑うと、じゃ、と言って席に帰っていった。・・・どういうことだ?アイツは姉が好きなんじゃなかったのか?それじゃ、姉と同じ部活に入ればいいだろう?いや、それとも、も本当は・・・・・・・・・?
次の日、部活見学があった。俺は、テニス部に向かおうとした。しかし、そこにたどり着くのに、かなり苦労した。
俺が日吉先輩――つまりは、兄と兄弟であることは、もうほとんどの奴が知っていて、皆が皆、兄と同じ弓術部に入るのか、と聞いてくる。しまいには、弓術部の奴に日吉先輩の弟なら、と勧誘される。俺がどこの部に入ろうが、関係無いだろ。
それら全てを振り払って、やっとテニス部に着いた。しかし、そこはそこで、大変だった。なぜか、女子がわらわらいて、なかなかコートが見えなかった。そして、そこには奴もいた。
「あ、日吉君。やっと、たどり着けたみたいだね。私も苦労したよ。」
・・・そういえば、コイツもテニス部に入る、と言っていた。だが、こっちは男子テニス部が使っている方だ。あの集団の女子と言い、コイツと言い、一体何を考えているんだ?
「男子テニス部はやっぱ、すごいよねー。最初は女子の方、見てたんだけど、こっちの方の歓声がすごかったから、来て見たの。そしたら、練習だって言うのに、あまりのレベルの高さに驚いて、こっち見てたんだ。・・・まぁ、歓声がすごいのは、たぶん先輩たちのルックスなんだろうけど・・・・・・。」
俺が考えていたことに答えるかのように、はそう言った。それが無性に腹が立った。そして、気づけば俺は、こう聞いていた。しかも、かなり怒りのこもった口調で。
「お前は、なんで弓術部に入らねぇんだ?」
「え・・・。なんで、って言われても・・・・・・。テニスが好きだからだよ。」
「ちがう。なんで、姉と同じ部活に入らねぇんだ、って聞いてるんだ。お前、姉妹で仲良いんだろ?」
自分でも、何がしたいのかわからなかった。それぐらい、俺はイライラしていた。それでも、は平然と答えていた。
「仲良いから、っていう理由だけで、姉と同じ部活に入って、テニスすることを止めたくないもん。私はテニスが好きだから。」
「本当に、そうなのか?完璧な姉と比べられたくないから、じゃねぇのか?」
気づけば、俺はそう口に出していた。これは、に言ったんじゃない。きっと、俺自身に言ったのだ、と俺は思った。
そう。いつだって、俺の兄は完璧で、両親も祖父母も、俺よりも兄を可愛がっていた。周りの奴らも、兄を褒め称えた。そして、俺にはこうとしか言わない。
『若君も、お兄ちゃんみたいになるんだよ。』
俺にとって、兄はとても高い壁だった。いつでも、越えようと思っていた。それでも、周りは兄のことしか見ていないし、壁には近づけもできなかった。そんな毎日が嫌だった。だから、同じ学校に行きたくなかったし、同じ部活にも入らなかった。
「あ、それもある。」
しかし、はあっさりとそう言った。
「姉は見た目も綺麗で、性格も良い。成績も優秀だし、スポーツだってできる。その上、弓術の腕はかなりのもの。だから、昔から親にも『姉はできるのに・・・』って言われ続けてきた。」
「・・・・・・・・・。」
「でもね。私、そんな姉に1度だけ勝ったことがあるんだ。それは・・・テニス。だから、テニスが好き。そして、もっと強くなるために部活に入るんだ。」
そう言って、は嬉しそうに笑っていた。そんなを見て、俺は思った。・・・なんだ、結局似たもの同士ってことか、と。しかし、は言った。
「日吉君のところは、いいよね。日吉君も日吉先輩もすごい人だし。」
「そんなことない。」
にそう言われて、俺はすぐに否定した。しかし、もさらに言い返した。
「そんなことあるよ。だって、日吉先輩はすごい人だって、姉も言ってたし。日吉君もすごいじゃない。」
「・・・お前、俺のこと知らねぇだろ。」
「知ってるよ。」
「昨日、会ったばっかりだろ?」
俺がそう言うと、は少し戸惑って、こう言った。
「日吉君はそうでも、私はそうじゃない。」
「・・・?どういう・・・・・・。」
「だって、日吉君の家って道場でしょ?それを見に行ったことがあるから。」
「だからって、俺がすごい奴かどうかなんて、わからねぇだろ。」
そう言うと、または少し困ってから、言った。
「いつも、いつも日吉先輩に負けて、それでも頑張っている日吉君はすごいよ。陰でこっそり練習もしてるし。日吉先輩も言ってたよ。すぐに追いつかれるから、兄として俺も頑張らないと、って。」
俺は、しばらく呆然とした。・・・ってことは、は兄と少なくとも1度は話したことがあるのか?一体、いつの間に?そんな風に考えていると、は俺を見て、少し笑ってから、話し始めた。
「姉が弓術の練習をしに行く、って言ったから、私も見てみたい、ってついて行ったことがあるの。そのときに、初めて日吉先輩に会った。それで、そのときに私と同い年の弟がいるから、今度道場に見においで、って言われて、行ったの。そして、日吉君を見た。それから、何度も行ったから、実は日吉先輩とは、日吉君のこといろいろ聞いてるよ。」
俺は、本当に呆然とした。
「・・・そんな話、兄は一度もしてない。」
「だって、日吉君、日吉先輩と話さないんでしょ?日吉先輩、淋しがってたよ?」
そう言って、は笑っていた。その笑顔を見て、俺はこう言っていた。
「お前の方がすごいだろ・・・。」
「そんなことないよ!・・・でも、日吉君にそう言ってもらえて嬉しいよ。だって、私、日吉君のこと、ずっと・・・・・・。」
そこまで言って、は恥ずかしそうに俯いた。顔も赤くなっている。しかし、俺には、その理由がわからなくて、に聞き返した。
「ずっと・・・?」
「・・・うん、ずっと・・・・・・。日吉君のこと、好きだったから・・・。」
俺は、そのの返答に、しばらく呆然としてしまった。そして、やっと意味を理解したあとも、どんな反応をしていいのか、わからず、ただ驚いてしまった。
「はぁ??!」
「いや・・・!ごめん・・・!!べ、別に、だからって・・・!あの・・・。」
妙に焦るを見て、俺はなんだか笑えてきた。
「ちょ・・・ちょっと、笑わないでよ・・・!!恥ずかしい・・・。」
そんなを見て、俺はほんの少し、学校に行くことが苦じゃなくなった。
「ありがとう。」
「え??」
俺は、この一瞬でを好きになったりはできない。今後、好きになるかもわからない。だから、そのことについては何も言えない。ただ、俺は自分の気持ちを変えてくれたに礼を言いたくなった。ただ、それだけだった。
「ありがとう。」
「・・・・・・う、うん!」
それでも、その気持ちの変化は、俺にとって、とても大きなものだった。
そして、自身が俺にとって、とても大きな存在になることを、そのときの俺が知る由もなかった。
オチあまくて、すみません・・・!ってか、全体的に微妙で、スミマセン!!
「いつものことだから、大丈夫♪」なんて思ってくださった方には、さらにスミマセン・・・;;
いやぁ、言い訳するとですね・・・。
日吉のお兄様を書いてみたかったんです。しかも、完璧なお兄様を。
まぁ、そのお兄様も登場させることができませんでしたが・・・orz
いずれ、この話の続編等で、完璧お兄様のリベンジをしたいと思っております!!